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経常赤字の拡大が続き、八四年には、早くも、ほぼ「貯金」がゼロになった。
それからは、経常赤字を埋める資本の流入がそのまま純債務として積み上げられていった。
日本をはじめとする海外資金が、アメリカ国債を大量に購入するというパターンが定着するなかで、世界最大の債務国が出現したのである。
こうしたアメリカの変貌に、世界の資本市場は当惑した。
まず第一に、その変貌が、大債権国のその後の推移として国際経済学などで一般に予想されていた事態、すなわち先に紹介した「国際収支の発展段階説」とあまりに異なっていたからである。
成熟債権国がいっきに大債務国化してしまうなどと、いったい誰が想像できたろうか。
第二に世界を当惑させたのは、アメリカが必要とするにいたった資本輸入の規模の大きさであった。
経常赤字は八〇年代を通じてジリジリと増勢をたどり、八六年、八七年には対GNP比率で三%以上にも達している。
世界最大の経済規模を持つアメリカが、かくも大規模な資本輸入を必要とし、しかもなおドルが基軸通貨然として世界に流通しているという姿は、世界経済にとって未経験の現実であった。
アメリカの中心的債権国時代は、せいぜい六十年程度と、イギリスにくらべれば、はるかに短かった。
これは一つには対外純資産の厚みが、かつてのイギリスにくらべると意外に薄かったことにもよる。
純資産額が世界最大だった八一年でも、対GNP比では四・六%にすぎず、経常収支の変化に対して脆い面があったことは否定できない。
アメリカの経常収支は、八〇年代初めまでは、過去の直接投資の果実である利子・配当などの投資収益が、貿易収支の赤字をカバーする形になっていたが、その投資収益も貿易収支の急激な悪化には勝てなかったということである。
対日貿易赤字がその主たる原因としてクローズ・アップされたのは、まだまだ記憶に新しい。
大債権国日本と「帝国循環」ところで、アメリカの経常赤字は、八〇年代半ばにかけて毎年一〇〇〇億ドルからさらに増勢をたどったが、海外からの資金流入の規模は、毎年これを大幅に上回っていた。
アメリカは、日本を中心とする資本輸出国の資本を流入させて自らの経常赤字を埋め、さらに流入資本の余剰分を海外に環流していたのである。
アメリカは日本に対しては資本の輸入国であったが、中南米等に対しては資本輸出国としてふるまっていた。
この奇妙な基軸通貨・ドルの流れを、あるエコノミストは「帝国循環」と、おそらくは皮肉を込めて名付けていた。
ほんものの帝国循環といえるのは、先に述べたビクトリア循環である。
両者の相違については改めてあげつらうまでもないだろう。
さて、ここでは、上の表を参考に考えてみたいことがある。
中心的債権国と見なされた国々と各時期の通貨制度その他を一覧表にしたものである。
これを見ても明らかなように、八〇年代の「中心的資本輸出国」は、アメリカでもドイツでもなく、資本輸出国として七〇年代後半から急速に頭角を現した日本である。
もっとも、アメリカは、日本から得た資金の一部を他国に散布しているから、日米を一国と考えれば、アメリカは中心的債権国の交代と通貨制度債権国時代基軸通貨通貨制度債権と通貨引き続き中心的資本輸出国といえるのかもしれない。
この着眼には、たいへん深い意味が含まれているので、後であらためてふれることにしたい。
もう一つ、いっそう重要な点がある。
ビクトリア時代の基軸通貨はポンドであり、イギリスは海外債券への投資をボンド建てで行い、したがって、その果実もまたポンドという自国通貨で得ている。
アメリカの中心的資本輸出国時代においても、やはり基軸通貨・ドルが資本循環の主役である。
ただ八〇年代に始まる日本の中心的債権国時代のみ、資本輸出が円建てではなく、主としてドル建てで行われている。
歴史的に見て、これは異常な現象といえないだろうか。
ポイントは、レーガン政権以降のアメリカのマネー戦略にある。
それに日本がどのように対応し、巻き込まれ、その結果、無惨な結末を迎えるにいたったのか。
次章以降は、八〇年代の日本とアメリカの経済関係に焦点を合わせ、両国間のマネーの流れと政策決定のプロセスをつかむことにしよう。
プード教のおまじないはじめに、ドル基軸体制がほころびを見せた七〇年代をふり返っておこう。
アメリカの絶対的な政治・経済力を前提としたブレトンウッズ体制は、七〇年代に入ると「ニクソン・ショック」とともに終わりを告げた。
ドルは金による制約を逃れ、その後の変動相場制のもとでさらに自由になった。
為替レートを律する基準はすでになく、ともかく為替を市場に任せれば、国際収支も調整してくれそうだという期待のもとに、各国通貨の変動相場制が始まった。
七〇年代、世界は二度の石油危機に見舞われた。
最初の危機については、これをアメリカが巧みに切り抜けたため、変動相場制の矛盾は露呈しなかった。
前車でふれたように、石油との関連で、ドルが為替市場で過大な評価を受けていたという事情もあるが、同時に、アメリカは、産油国に対する貿易赤字を、武器輸出、プラント輸出などによってカバーし、さらには残る黒字のオイル・マネーを、サウジの王室と堀懇のシティバンクやチェイスなど、米系の銀行が大活躍して取り込み、工業化の途上にある中南米諸国に環流させるリサイクルの仕組みをつくることにも成功している(この貸し過ぎがやがては中南米諸国の債務危機にも転化するのであるが)。
しかし、それらはいずれも七〇年代という過渡期のエピソードにすぎない。
八〇年代に入ると、アメリカをめぐる資本循環の「貸し手」として、日本が大きくクローズ・アップされてくる。
しかも、日米間のマネー関係は、双方の意図が、当初は奇妙に合致したために、次第にのっぴきならない袋小路へと落ち込んでゆく。
本章扉の図は、レーガン政権の時代を中心に見た円ドル・レートと日米両国の公定歩合の変移を示している。
ドル相場は、「ニクソン・ショック」の直後こそ、一時的に二五〇円台に下落したものの、先に述べたオイル・ショックがらみのアメリカの特殊な立場から、その後数年間、二八〇~三〇〇円で安定的に推移する。
乱高下が始まったのは七七年、カーター政権の財務長官・プルメンソールが、日・独の貿易せき黒字を理由に、いわゆる口先介入でドル切り下げの堰を切ってからである。
七七年の初めの二九〇円が翌年の秋には一七〇円台にまで急落。
驚いたカーター政権は、一転、ドル防衛に走るが、待ち受けていたのは第二次オイル・ショックとそれにともなうハイパー・インフレであった。
七九年夏、連邦準備制度理事会議長に就任したポール・ポルカIは、インフレ退治のために、三度にわたる公定歩合の引き上げで、厳しい引き締め策を実施する。
こうして二桁の公定歩合と二〇%にも及ぶ市中金利が出現する。
ここでレーガン政権の誕生となる。
レーガン政権は、カーター政権下のドル暴落を横目に見ながら誕生した。
新政権が発足した一九八一年の時点におけるドル相場の基調は、一ドル二〇〇円と弱含みで、貿易収支の赤字幅も二〇〇億ドル程度に過ぎなかった。
しかし、「小さな政府」と「市場万能」を謡い「供給の経済学」を信奉する新政権が、公約の大幅減税を短期間のうちに実施すると、八三、八四年頃から、目に見えて景気は上昇しはじめる。

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